認知症の人の葛藤に学ぶ(精神医学の知と技)

認知症を解決すべき問題としてではなく、「生きる営み」としてとらえ直す(「はじめに」より)
繁田雅弘
304頁
四六判 上製
定価: 3,520円 
在庫: 在庫有り
発行: 2026/04/14 ~
ISBN: 978-4-521-75170-2

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長年、認知症の研究に従事してきた著者が、難しいといわれる「認知症の精神療法」について、その意義、留意点、実践方法を語る。
精神療法を用いた、著者と認知症の人・家族の対話は22例を収載。それぞれの認知症の人・家族が抱く想い・葛藤と、その人たちを支え、本人らしくあってほしいと願う著者の想いが満ちており、心を揺さぶられる。
認知症の人にかかわる全ての人にお勧めの1冊。

著者からのメッセージ

< 「認知症の人の葛藤に学ぶ」 を手に取って下さった方へ >

もしあなたが、認知症について新しい知識を得たい、あるいは日々の支援に役立つ視点を得たいと思って、この本を手に取るかどうか迷っているのなら、まずお伝えしたいことがあります。本書は、認知症を単なる病気として説明する本ではありません。認知症になった人が、何に傷つき、何に支えられ、どのように日々を生きているのかを、対話を通して見つめようとした本です。

私は長く認知症の臨床と研究に携わってきました。研究は重要であり、多くの知見を与えてくれる。しかしその一方で、一人の認知症の人と時間をかけて向き合い、その言葉の途切れや表情の揺れに耳を澄ませて初めて見えてくるものがありました。そこにいたのは、診断名では言い尽くせない、葛藤と尊厳を抱えた一人の人間でした。そして、その傍らには、支えたいと願いながらも、戸惑い、傷つき、自分を責める家族がいました。本書は、そうした人間の姿に、できるだけ正面から向き合おうとした記録です。

したがって、本書は「これさえ読めばすぐわかる」という種類の入門書ではありません。すぐに効く万能の処方箋や、誰にでも当てはまる正解だけを示すものでもありません。むしろ、認知症の人にとって本当に大切なことは何か、支援とは何をすることなのか、本人の意思や感情をどう受けとめるべきかを、読者とともに考えるための本です。その意味では、診療や介護の技術だけでなく、支援する者の姿勢そのものを問い直す本だと言ってよいと思います。

医師、看護師、介護職、相談職、心理職、リハビリ職など、認知症にかかわる専門職には、日々の実践を見つめ直す材料になると思います。また、家族にとっても、この本は決して専門職だけのものではありません。家族が抱く怒り、戸惑い、罪悪感、やさしさ、ためらいは、決して特別なものではないからです。本書には、それらを安易に裁くのではなく、まず受けとめようとする視点が流れています。だからこそ、今まさに迷いの中にいる家族にも、読んでいただく意味があると思っています。

認知症の人は、症状のために言葉が十分でなくなることがあります。しかし、だからといって心まで失われるわけではありません。本書で私が一貫して伝えたかったのは、その人の語りが不完全に見えても、そこには意味があり、思いがあり、尊厳があるということです。その声を聴こうとすることが、支援の第一歩になります。もしあなたが、認知症を「管理すべき問題」としてではなく、「ともに生きる課題」として考えたいと思うなら、本書はその歩みに寄り添う一冊になるはずです。

読後に、すべてが簡単になるわけではありません。しかし、認知症の人を見る目、家族を見る目、そして支援という営みを見る目は、少し変わるかもしれません。その静かな変化こそが、よりよい支援の出発点になると私は信じています。

令和8年4月
繁田雅弘

目次

はじめに

序章 
 一 聴くことの意義
 二 心情への寄り添い
 三 認知症の人への支持的精神療法
 四 非薬物療法としての支持的精神療法
 五 認知症医療とケアの最終目標

第一章 認知症の人における精神療法の留意点
 一 支持的精神療法の意義
 二 受診への抵抗
 三 初対面から初期診療へ
 四 病感・病識を把握しながら
 五 認知症の人が望む告知とは
 六 告知から治療導入へ
 七 再診の留意点
 八 認知症の行動・心理症状(BPSD)とみなす前に
 九 認知症の人の精神的苦痛
 十 傾聴はニーズへの応答である
 十一 あらためて共感とは
 十二 高度の認知症の人との対話
 十三 それぞれの認知症における心理的支援

第二章 対話例からみた精神療法の実践
 一 症例
 二 対話の継続をめぐって

第三章 精神疾患を対象とした精神療法の知見を参考に
 一 認知症に試みられている精神療法とは
 二 精神療法の共通要因
 三 折衷的アプローチ
 四 治療効果に寄与する共通要因
 五 認知超にも有効な支援的要素
 六 自身の変化への気づき
 七 「自然回復」を促す要因

第四章 認知症基本法から医師決定支援へ
 一 認知症基本法と基本計画 
 二 共生社会とは
 三 人権に基づいたアプローチ
 四 認知症観の変化が医療にもたらす影響
 五 根拠に基づく医療(EBM)
 六 共同意思決定(SDM)とは
 七 SDMによる患者主体の医療
 八 SDMと倫理原則
 九 SDMを難しくする要因
 十  意思決定の四類型 
 十一 意思決定支援のためのガイドライン

第五章 意思決定場面における対話
 一 認知症治療薬の内服・点滴をめぐって
 二 抗Aβ抗体治療薬の情報提供と意思決定支援
 三 抗精神病薬の処方と説明
 四 運転免許にかかわる心理的抵抗
 五 子との同居
 六 認知症医療とケア現場は意思決定の連続である
 七 施設入所における自己決定と日本的幸福観

第六章 死と孤独
 一 希死念慮(自殺念慮)
 二 孤立と孤独・孤独感
 三 高齢者における死の意味づけについて

第七章 家族
 一 いのちの授業で教えられた家族の本来

結語にかえて-認知症の受容をめぐって-
 一 サクセスフル・エイジング

あとがき-認知症からの解放-

〈付録〉 認知症対策